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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

半砂漠では、人が立っていればそこが停留所

                  ≪九月二十六日≫     ―壱―

  昨晩から、朝早く起きる自信がなく(誰も頼るものがいない)、なかなか眠れない。
       俺「こういう時は、変に眠ろうとせず、起きているに限る。」
 そう思うと、日本から持ってきた、坂口安吾の”散る日本”をバッグから取り出して、何度目か分らないが読み直してみることにした。

 読み終える頃、・・・・午前4時、やった眠気が襲ってきた。
 ウトウト・・・・。
 結局、朝方になって眠ってしまったらしい。

 ・・・・「トントン!」

 ドアをノックする音に夢を破られる。
 時計を見ると、午前五時。
 一時間ほど眠っていたようだ。
 一時間の仮眠では、頭の中は靄がかかっている。
 靄がかかったまま、出発の準備をして、外へ出るといっぺんに頭の中にかかっていた靄が吹き飛んで行ってしまった。

 寒いのだ。
 実に寒い。
 空を見ると、まだ数えきれないほどの星の光りが、空いっぱいに広がっている。
 身震いする。

 チケットを頼んでいたマスターがやって来た。
 俺”そういえば、まだチケットを受け取っていなかった。”
       俺   「おはようございます。」
       マスター「よく眠れましたか?」
       俺   「ええ!」
       マスター「それは良かった。」

       俺   「マスター?チケットは??」
       マスター「大丈夫!今から案内するから、ついて来なさい。」
 マスターの後をついて歩く。
 真冬のような寒さだ。
 寝起きだから、まだ身体が適応していないからだろう。

 まだ薄暗い、外灯に照らし出された寂しい道を、マスターについてトボトボと歩き出した。
 後少しで、雪が積もると言う話も、”まんざら嘘ではないなー”と思いながら、底冷えのするカブールの街を、重い荷物を背負って歩く。

 暫く歩くと、小さなツーリスト・オフィスに灯りが灯っているのが見える。
 室内を覗き込むと、従業員だろうか、こんなに朝早く座っている。
 マスターは、早速事務所の中に入り込み、その従業員と一言二言話をすると、車が一台オフィスの前にやって来た。

       マスター「車に乗れ。」
       俺   「何処へ行くの?」
       マスター「良いから、乗れ!」
 俺”バスターミナルはホテルから近いって言ってたんじゃあ・・・ないの???だいたいチケットも渡してもらえず、・・・こんなに朝早く起きて案内までしてくれる・・・親切すぎるぜ!何かあるな!ただほど怖いものはないからな!親切すぎる人は、今までの経験上、大体が詐欺師である場合が多いからなー!詐欺師の親切は念が入ってるから・・・・騙されるなーって思っていながら・・・騙されるのが日本人だから。”

 そんな事思いながら、マスターを疑っている俺。
 チケットを早く渡してくれと何度もマスターに言うが、そのたびに帰って来る言葉が、”大丈夫!任せておきなさい!”。
 任せた以上、腹をくくるしかない。

                      *

  マスターと俺を乗せた車は、いつの間にか街の中心地に入っていった。
 朝早くまだ薄暗いと言うのに、街はもう動いている。
 車は広い交差点の一角に停まり我々を車から降ろした。
 寒い。
 風があるせいか・・・とにかく寒い。
 夏服しか持って来ていない俺にとって、この寒さはこたえる。

 薄暗い空にはまだ、くっきりと宝石を散りばめた様な星がキラキラと輝いて見える。
 空を見ていると、吸い込まれそうな感覚に陥ってしまう。
 車のライトが幾筋も交差点を通り過ぎていく。
 どのくらい待たされただろうか?
 寒さのせいで、時間がゆっくりと流れているように思う。

 午前六時半、待望のバスが到着した。
 乗客は十五六人。
 ほとんどが現地人。
 バスは大きいが、オンボロバスだ。
 荷物をバスの屋根の上へ押し上げる。

 ここで又失敗してしまう。
 俺には、学習能力がないのか!
 荷物から、シュラフを抜き取っておくのをまた、忘れてしまったのだ。
 自然が過酷であるという事を、また忘れてしまっていた。

 荷物をバスの屋根の上へ押し上げる作業中事故は起こってしまった。
 バスに掛けられている梯子が、バスの窓ガラスを割ってしまったのだ。
 暫く様子を見ているが、ガラスの欠片を拾おうともせず、テープで割れたガラスを補強すると言う基本的な応急処置もしようとしない。

       俺「ねえ!ガラス割れたけど、大丈夫なの???」

 声をかけても知らん顔。

       俺「バスが走り出してからでは遅いよ!」

 また知らん顔。
 こいつは何を言いたいんだ!とでも言うような顔をしている。
 それもそのはず、言葉が通じていない。
 窓ガラスが割れたぐらいどうした!とでも言うように、何事もなかったように出発の準備を黙々としている。

 準備が終わり、バスに乗り込み席に座り、バスが走り出そうとしたとき、マスターはやっと観念したのか?バスの窓の外から、チケットを一枚俺に手渡した。
       マスター「Have a nice trip!」
 一言言うと、背を向けてゆっくりと歩き出した。
 ”うまくいった!”と背中は笑っているようだ。

 渡されたチケットを確かめようとするが、現地の文字で書かれているため、確かめようがない。
 バスが走り出すと、白い顎鬚をたくわえた老人がやって来た。

       車掌「チケット?」

 チケットを見せるが、何も言われない。

 俺”偽物ではなかった。しかし、まだ疑いは晴れない。何処までのチケットなのか不明だからだ。車掌に聞けばいいのだが、聞くのが怖い。”

 この時点で、覚悟は出来ていた。
 たぶん、騙されただろうなという覚悟だ。

                     *

  オンボロバスは、所々で乗客を拾い上げながら走った。
 毛唐の旅行者も乗り込んでくる。
 カブールの街を抜ける頃には、通路にまで座る乗客たちで溢れるようになっていた。
 走っているうちに、出発前に割れた窓からは、悪路の振動でガラスの破片が落ちてくる。
 車掌がやって来て、落ちたガラスの破片を拾い上げると、走っているバスの窓から放り投げていく。
 バスの窓の外から、ガラスの破片の飛び散る”ガシャーン!”、”ガシャ~ン!”と言う音が聞こえてくる。

 割れてガラスのなくなった窓からは、容赦なく冷たい風が吹き込んでくる。
 寒い。
 誰に言えば良いのか。
 乗客の誰も文句を言う人はいない。
 ”いつもの事さ。嫌なら・・乗らなきゃ良い!”
 そう言っているようだ。

 もう街は、後ろの景色から消えていった。
 真っ直ぐ伸びている、アジア・ハイウエー以外、岩と土の半砂漠が広がっている。
 三蔵法師が見た世界が、バスの外に広がっている。
 周囲360度、何処を見渡しても、草木一本見えない世界。

 バスが停まった。
 えっ?
 乗客が何人かバスを降りていく。
 えっ?
 こんな所で????
 停留所もなく、近くに民家らしきものも見えない。
 バスに乗り込んでくるものもいた。

 ここ、停留所なの?
 こんな所で彼らは、何処へ行こうと言うのか??
 周りは半砂漠、何十キロと見渡しても、何も見えない。
 乗り込んできた人は、ここで一日待っていたのだろうか。
 我々日本人は、時刻表から5分遅れても、イライラすると言うのに。

 バスが走り出す。
 手が冷たくなってきた。
 ガラスの割れた窓から吹き込んでくる風のせいだ。

 俺”こんなバス、降りたら訴えてやるからな!覚悟しておけ!”

 そう叫んでも、何も変わらない。
 これが、この国の現実なのだ。



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